なんか、変だな。最初にこう思ったのをよく覚えている。それは確か2014年、サンフランシスコ・ジャイアンツ対カンザスシティ・ロイヤルズのワールドシリーズを見ていた時だった。5番打者、ハンター・ペンスがどうも気になった。構えとスイングの仕方がどうも、おかしい。大げさにいえば、野球を初めてやる人といった感じだろうか。背番号8をつけるジャイアンツのペンス。どうやらファンの間でもかなりの人気らしい。
おかしいのは打ち方だけではなく、投げ方もちょっと変わっている。これも、決して「野球が上手そう」とは思えないもの。イチローは、体全体を大きく使って、お手本のようなきれいな投げ方でレーザービームを投げるが、ペンスはぎこちない手投げのような投げ方で投げる。最初に見た頃は、なんだかおかしいなと思えたが、次第にこれはユニークだなと感じ始めた。そう思うと、見ていて面白い。
アメリカメディアも、ワールドシリーズでもっとも興味深い男としてペンスを紹介していた。いくつか理由を挙げている。1つは、プレーの格好悪さ。「彼は、1920年代の大打者達のスイングを真似する少年のように、バットを振る。スカウトの1人は、彼が牛のように外野を動き回る」と表現している。やはり、ぎこちなさはアメリカでも注目度が高いようだ。
2つめは、ペンスが自分自身を自虐するように語っているということだ。プレースタイルについて「とても格好悪い。それはもうひどい」と真顔で言っている。これもジョークのひとつとは思うが。さらに、「地震が起きているかのように走る、肘がないかのように投げる」と続ける。最後には打ち方について「タコスが欲しくてたまらない腹の減った男のよう」と表現している。自信を持って自分をさらけ出す。そういう姿が、愛されるゆえんなのかもしれない。
3つめは、ペンスが本拠地のAT&Tパークまで、スクーターで通っているということ。プロ野球選手、メジャーリーガーともなれば、さぞ高級な車で通っているのかと思いきや、なんとも庶民的な通勤スタイル。ちなみに、ペンスの年俸は約20億だ。アメリカメディアによると、球場近くのレストランに置いておいた愛用スクーターが盗まれたことで、ペンスのスクーター通勤が有名になったという。
まだある。4つめとして、ペンスの表現力の高さを挙げている。「モチベーショナル・スピーカー」という言葉があり、講演などのスピーチで聴講者のモチベーションを上げるように話す人のことを指すが、ペンスはその能力も高く評価されているようだ。2014年のレギュラーシーズン後、大観衆の前でポストシーズンに向けてのスピーチを行ったという。「がんばりましょう」とか「応援宜しくお願いします」といった類のものではない。マウンド付近を動き回りながら、講演者のようにファンに呼びかけた。「我々はワールドシリーズチャンピオンになる。そして、皆さんと一緒に『Yes! Yes! Yes!』とかけ声をかけたい。準備はいいですか。さぁ行くぞ!」と、こんな感じだ。ペンスによると、これからの戦いに向けて球場のファンと一体化したかったという。この年、ジャイアンツは世界一に輝いた。
主な理由は以上だが、他にも、普通は手でつかんで食べるピザをペンスはフォークを使って食べるなど謎の噂を検証するミュージックビデオに自ら出演し、事実だと認めるおもしろ映像も作成している。
ユニークなプレースタイルだけでなく、いろいろな面で「ペンスらしさ」が好印象を受け、ファンに人気を得ていることが容易に想像できる。実はその独特な打撃フォームと投げ方にも理由があるという。FOXスポーツによると、ペンスは「ショイエルマン病」という脊椎が変形し、体の動作に制限がかかる障害を持っているという。主に幼少期に発症することが多く、ペンスも幼い頃に病を患ったそうだ。確かに、よく見てみると背中の上部が少し猫背のようになっている。FOXスポーツは、ペンスは胸部の動きに制限があり、だから手投げのような投げ方になると説明している。「そうだったのか、、、」と無知な自分を恥ずかしく思ったが、体の動作に制限がありながらもトップレベルの舞台で野球をやっているペンスをより、応援したくなった。
アメリカのアリゾナキャンプ地で、ペンスを見かけたことがある。そこには人気者ならではの人だかりができていた。サインを求める多くのファン。選手によっては、サインせずに通りすぎてしまうが、ペンスは丁寧に1人1人にサインしていた。それが全てではないが、そういうところにも人情味が溢れるものだと思う。現地在住の日本人ファンも「ペンスはすごくいい奴だよね」と言っていた。ユニークでとても良い奴。米国では、こういった人と違う「ユニークさ」が大切だともいう。周りと同じでは競争社会で生き残れない。そういうメッセージをペンスが伝えてくれているような気がする。