「イチロー・マリナーズ復帰」のニュースが入ってきたのは、アメリカ現地(西部)では午前10時頃だった。日本のスポーツ新聞が、6日の朝刊で大々的に第一報を伝えた。アリゾナ州のメジャーキャンプ地でもメディアがざわつき始める。しかし、個人的にはしばらく懐疑的だった。本当なのか? それから2時間後、正午近くなった頃に「これは本当だ」と胸が踊ったことを覚えている。
大物野球選手に関する移籍の噂は時として錯綜する。イチローに関しては、日米メディアの情報合戦が始まっていた。2月の中旬、日本のスポーツ紙が「ロッキーズと交渉中」と報じたが、その後、米メディアの敏腕記者やMLB公式サイトがロッキーズGMのコメント付きで、この報道を否定した。メジャーリーグのトレード情報やFA選手の移籍先などは、ここ最近は米メディア記者がツイッターでつぶやき、その後、日本メディアが続いて報道するといった形が多かった。大谷のエンゼルス移籍やダルビッシュのカブス移籍などは、米記者のつぶやきが第一報だった。しかし今回、イチローのマリナーズ復帰は日本メディアが先に報じ、数時間後、アメリカ全国紙のUSA TODAYの有名記者ボブ・ナイチンゲール氏が「イチローとマリナーズの契約が近い」がつぶやいたように、米メディアが続いた。日本メディアの“勝利”となった。
「ロッキーズと交渉中」という一報は否定されたが、結果的に、イチローの報道に関しては日本メディアが一歩先を行った形になった。大谷やダルビッシュの時と比べて遅れをとった米国メディアのイチローへの注目度は、それほど高くなかったのだろうか。そう感じてしまう。個人的には、「期待度の違い」なのかなと思う。日本人の感覚では、「44歳だけど、イチローはまだまだできる」という意見が多く、「頑張って欲しい」と、応援したい気持ちがあるように思う。一方で、米国人の感覚では「44歳だし、成績も年々下がっているし、レギュラーでは厳しい」と、メディアを中心にイチローの衰えを指摘する見方が多く、何か年齢の問題や数字に関して“現実的”に見ようとしているように思う。
実際に、ESPNラジオのジム・ムーア氏は「マリナーズに復帰するイチローを私がみたくない理由」と題して、コラムを掲載。けが人続出の中、イチローではなく、チーム内の他の選手でカバーするオプションがあることを指摘した。どうやら、全員がイチロー歓迎モードではないようだ。また、同メディアはツイッター上で「マリナーズがイチローとサインすることについてどう思うか。イチローは外野手の欠員を埋めることができるか」といったアンケートを実施。64%が肯定的意見の一方で、33%は否定的な見解を示した。
個人的には、33%も否定しているのかと、目を疑いたくなる。おそらく、日本人のほとんどが、イチロー・マリナーズ復帰を喜んでいると思う。ダルビッシュでさえ、「マリナーズのユニホームが一番似合うと思う」と言っているようで、日本人の感覚では晩年に古巣に復帰するということは、“現実的“なパフォーマンスに注目するというより、「昔懐かしのユニホームが見られて嬉しい。古巣愛を感じる」という感情の方が上回るような気がする。最近では黒田博樹がヤンキースの大型契約を蹴って古巣広島カープに復帰し、2年間プレー後、現役を引退した。2年連続で2ケタ勝利(11勝、10勝)をして広島のリーグ優勝に貢献したが、それ以上に、広島ファン、日本の野球ファンは黒田の「男気」に心を動かされたことであろう。
最近で言えば、青木宣親のヤクルト復帰、上原浩治の巨人復帰など、なぜか「出戻り」ブームが続いている。そういうルートを日本人は好む気質があるのかもしれない。一方で、アメリカ人は現実的。活躍できなければ、同じチームに復帰してきても仕方がないといったような印象だ。日本人とは少し捉え方が違うように思う。今回のイチローにしても、メジャー契約を諦めずに自主トレを続けて、オファーを待ち続けた。そしてようやく扉が開いた。44歳になっても夢を持ち続けて、向上心を持って生きる。そういう背景があると、より一層応援したくなるのは、私だけだろうか。
イチローは、日本でもアメリカでも夢を与えてきた選手だと思う。94年に200本安打を達成し、翌年、チームを日本一に導いた。95年は阪神・淡路大震災があった年でもあった。アメリカに来ても、シーズン最多安打記録や、10年連続200本安打達成など、多くの日米ファンを魅了してきた。日本人のメジャーでの活躍がまだ少なかった時代で、イチローの大活躍は「日本人でもアメリカで十分通用する」として、多くの日本人が日本人として誇りに感じることだったように思う。
米メディアやファンの中には、イチローの活躍に懐疑的な見方をしている人もいるだろう。ただそれは、メジャー移籍をした時も同じことだったと思う。そういう先入観を覆して欲しいし、覆してきたのがイチローだ。それでいて、いつもクールで、謙虚で、時にはユーモアを挟む。エンゼルス大谷との対戦を問われた時に「投手として対戦したい」と真顔で答えたのは、いかにもイチローらしいなと感じた。ジョークはさて置いても、エンゼルス大谷VSマリナーズ・イチローは、日本人にとっては最高に楽しみな対決になるだろう。この時ばかりは、日米の感覚の違いも関係なく、大勢の人がただただ勝負を楽しみに観戦してほしい。