繊細な日本人的な心を持ち、それでいてアメリカ人っぽいダイナミックさもある。ドジャースのエース左腕、クレイトン・カーショーにはそんな印象がある。5年連続でナ・リーグ地区優勝を続けているチームの絶対的エース。球団公式サイトによると、今年も早くもロバーツ監督から開幕投手に指名され、これで8年連続、8度目となるという。これは、球団史上最多で、レジェンドへの道をまっしぐらに突き進んでいる。
どれだけ凄い投手なのか、メジャーリーグファンなら周知のことかもしれないが、簡単に振り返ると、昨季は18勝4敗、防御率2・31の成績を残し、これでメジャーデビュー3年目から10年連続で2ケタ勝利。そのうち2度は20勝以上、リーグで最多勝、最多奪三振ともに3度、最優秀防御率は4度マークしており、メジャー投手最高の栄誉、サイ・ヤング賞も3度獲得している。これだけでも、十分すごい。
カーショーの特徴といえば、落差の激しいカーブ。映像を見ても、一旦、浮き上がってから、ストンと打者の手元で落ちる。ソフトバンク千賀の落差の大きいフォークを「お化けフォーク」と呼ぶなら、「お化けカーブ」とも言えるほど、変化しているように見える。一方で直球も150キロを悠々超える。理想的な左腕投手。これまで残してきた好成績も納得がいく。
ただ、凄さはそこだけではないように感じる。ロサンゼルスの地元記者やカメラマンの話によると、カーショーは登板のない日でも、先頭に立ってチームを鼓舞するように懸命に応援しているという。また、結果の出なかった時にメディアに叩かれ、酷評されても、気にしない。それが一流プレーヤーの宿命であるかのように、受け止める器の大きさがあると聞く。確かに、昨年のワールドシリーズでも、結果的にシリーズ敗退はしたものの、テレビ画面でベンチが映されるたびに、カーショーが最前列で常に戦況を見つめ、投手陣を中心にチームを鼓舞していたように思える。
そういった人格があるから、チームメート、首脳陣から絶大な信頼を得られるのだろう。ドジャースでともにプレーしたことのある、元広島カープの黒田博樹を尊敬していたということからか、日本人選手に対してもよく気を配る。昨年、リーグ優勝決定シリーズ進出を決めた時、クラブハウスでシャンパンファイトが行われた。乾杯の掛け声で、カーショーが前田健太とダルビッシュの名前を呼び、その後、一斉にシャンパンファイトが始まった。その時、聞こえたのは「アンビリーバブル、ガイズ!!」。おそらく、彼らのポストシーズンでの活躍を讃え、貢献度をチーム全員の前で示したかったのだろう。前田はチーム加入2年目、ダルビッシュは3ヶ月足らず。チームの大黒柱の声かけは、所属期間のまだ短い彼らにとっても嬉しいことだったはずだ。そういう気遣いが、カーショーはできる男だと思う。
残念ながら、ダルビッシュがワールドシリーズで2敗し、カーショーにとっても初めてとなる世界一の座を、ものにすることはできなかった。それでも、シリーズ後にロサンゼルスの地元紙、ファンから袋叩きにあっていたダルビッシュを、カーショーはかばうように擁護していたようだ。FA(フリーエージェント)で移籍が噂されていても、引き留めるよう球団に売り込んでいたり、今年も一緒にプレーすることを熱望していたようだ。こういう行動に、カーショーの人間味を感じる。
こんなエピソードもある。カーショーは高校時代からの恋人であった、エレンさんと2010年の12月に結婚した。その後、チャリティーイベント参加の一環で、夫婦でアフリカ東部のザンビアを訪れた。道は子供で溢れ、その多くが、エイズに感染した孤児だったそうだ。その中で、「Hope」という名の9歳の少女に出会った。彼女はHIV感染者で、将来的にエイズ発症の可能性がある。家もなく、食事が確保できる環境もなかったそうだ。やせ細った体で、ウィルスと戦っているー。カーショーはそんな実情をザンビアで知った。
そして、2011年シーズンが始まる前に、「Hope’s Home」という慈善事業を行うことを決めた。ザンビアで病気と闘う子供たちのために、様々な環境を整え、孤児たちのケアをする人々、また安全な家を提供するための、募金活動だ。メジャーの試合でカーショーが三振を1つとる度に、100ドルを寄付。こうして始まったシーズン、カーショーはキャリアハイの248奪三振をマークし、初めて奪三振王と最多勝(21勝)に輝いた。「人を助けたい」という思いが、過去最高成績の原動力になったと想像できる。
そういう人間性があるから、周りを見渡すことができるのだろうと思う。グラウンド外や自分の投球以外では、「優しい」カーショーなのだが、ピッチングとなると「鬼」と化することもあるようだ。納得のいかない投球となると、ついつい熱が入ってフラストレーションが溜まることも。ボールを地面に叩きつけたり、退場させられたりしたシーンもある。ただ、そういうことも含め、「熱い」人間であり、野球人なんだろうと思う。サイ・ヤング賞3度、メジャー屈指の左腕というだけでなく、人間味溢れたカーショーを知ると、もっともっと見たくなる。