僅差の激戦も、最終的には圧勝だった。2017年ワールドシリーズは、ヒューストン・アストロズがロサンゼルス・ドジャースを4勝3敗で下し、世界一の座を勝ち取った。3勝3敗で迎えた第7戦、決戦の地はドジャーススタジアム。観客のほとんどがドジャースファンという不利な状況をはねのけて、アストロズがワールドシリーズを初制覇した。どちらに転ぶか分からなかったシリーズだが、データだけでは比較できない、力の差を感じた。
メジャー30球団でチーム打率トップ、2割8分2厘を誇った最強打撃陣のアストロズ。一方でドジャースはチーム防御率2位の3.38で、鉄壁の投手陣を要して臨んだ。攻撃力V.S. 守備力。近年の「投手力重視野球」という視点から、下馬評ではドジャース有利という声がやや多かった。
それを覆したのは、ヒューストンの最強クリーンアップ陣が生み出した“無形の力”だったように思う。3番ホセ・アルトゥーベ、4番カルロス・コレア、5番ユリエスキ・グリエル。不動の3人全員が南米出身の選手だ。アルトゥーベはベネズエラ、コレアはプエルト・リコ、グリエルはキューバ出身で、アメリカンドリームを夢みた野球少年達。一方で、ドジャースのクリーンアップは主に、ジャスティン・ターナー、コーディー・ベリンジャー、ヤシエル・プイグの3人。キューバ出身のプイグ以外は、アメリカ出身のいわば“エリート”だ。
数字的に見ても、7戦通算のクリーンアップ成績がアストロズの打率2割2分7厘15打点に対し、ドジャースは同1割4分3厘4打点で、差は歴然だ。しかし、データ以上にアストロズ3選手の底力が勝ったように思う。
無形の力とは、ヤクルト、阪神、楽天を率いた野村克也氏がよく使う言葉だが、判断力、決断力、観察力といった目に見えないものの結集だとされる。今回のアストロズで言えば、「観察力」、「決断力」、そして「結束力」といった無形の力が、ドジャースを勝ったのだろう。
まずは「観察力」。アストロズの某選手がシリーズ後に明かしたように、第3戦、第7戦で先発したダルビッシュ有の癖に注目していたことが挙げられる。第7戦では主に、1番のジョージ・スプリンガーが同投手を攻略したが、第3戦ではグリエルの放った先制本塁打から打線が一気に爆発した。癖が直接的にグリエルの本塁打を生んだかは証明できないが、よく観察し、集中力を高めたからこその一発だったように思う。
第5戦では、強い「決断力」を感じるシーンがあった。両軍25得点の乱打戦となったゲームの5回裏、アルトゥーベがドジャース前田健太から同点3ランを放った場面だ。フルカウントからの7球目は、フルスイングだった。2ストライクと追い込まれれば打者は、多少コンパクトに振るのがセオリーだが、アルトゥーベは「思いっきり振る」と、最初から心に決めていたようなスイングだった。4−7と3点ビハインドの場面で迷いのない豪快な一発。追い込まれても、「思い切り振る」アルトゥーベのようなスイングが、シリーズを通じてチーム合計15本塁打(ドジャースは9本塁打)の結果につながったのではないだろうか。
その中で、一番大きくプラスに働いたのは「結束力」だろう。その中心にいたのは、やはりアルトゥーベとコレアだ。両者はチームの得点が入れば、先頭に立ってベンチを飛び出し、子供のように飛び跳ねて喜んでいた。サヨナラ勝ちを収めた時のコレアの走るスピードは、プレー時よりも早いのではないかというぐらいの大騒ぎっぷりだ。今回のシリーズではグリエルのアジア人差別行為も注目されたが、この若い2人の飛び抜けた明るさが、そのマイナス要素を吹っ飛ばしたように思う。
一方で、ドジャースは中軸のベリンジャーの不振が響いた。メジャー1年目で、ナショナルリーグのシーズン新人最多本塁打記録を塗り替え、新人王も獲得した若手有望株だが、ワールドシリーズでは内角低めの弱点を露呈し、空振り三振のシーンが目立った。シリーズ終盤では思い切りの良さもなく、中途半端なスイングも多かった。明らかに、下を向いていたベリンジャーを盛り上げるほどの明るさも、ドジャースには見られなかったように思う。
野球は精神力のスポーツとも言う。日本的な考え方でもあるが、今回のワールドシリーズではアストロズの精神力、無形の力が最後はエリート軍団のドジャースを圧倒したのだろう。シリーズを通じて、クリーンアップが直接的に勝利打点をあげていた訳ではない。しかし、クリーンアップが打てない時でも、1番のスプリンガーや下位打線がカバーする。それを、アルトゥーベやコレアが野球小僧のようにはしゃいで喜ぶ。発展途上国で育った彼らの反骨精神ももちろんあるだろうが、飛び抜けた明るさと野球少年のような姿勢が、チームの結束を自ずと強めていったように見えた。
そんなチームに、野球の神様は微笑むのだろう。2013年、プロ野球・楽天イーグルスが球団初のリーグ優勝、日本一を決め、東日本大震災から復興中の東北を大いに盛り上げた。優勝の瞬間、最後のアウトを取ったのは、チームの中心選手、田中将大だった。 ヒューストンも昨年、大型のハリケーンに襲われた。今回のワールドシリーズ第7戦、最終打者の結果は二ゴロ。そのゴロをつかみ、アウトにしたのは、アルトゥーベだ。偶然かもしれないが、必然だと感じられるウイニングシーンだった。